一個30円だったかな?
このお菓子はそんな駅売りのみかんをイメージしたものなのでしょう。3つにくびれたオレンジ色の容器を緑の編み目が印刷されたフィルムでパッケージした姿は「在りし日の冷凍みかん」を思い出させます。
私は、つい、この「冷凍みかんに似たもの」を2、3個掴み、レジで精算を済ませると、その足で上の階にあるプラットフォームに上がりました。
夜も更け、この西日本随一のターミナルとも言われる梅田駅も、未だ多くのマルーンカラーに塗られた列車が止まっているものの、既に乗降客はまばらである。私は赤地に白く「特急」と書かれた車両に乗り込んだ。
列車の混み具合は、座る事は出来るが、自分の好きな所には座れないと言った所。一日の疲れもピークに達していたので、適当に空いている席に腰掛けた。
座席は2人がけの席に仕切られた「ロマンスシート」と呼ばれる形式である。家族連れなどが使う場合、シートの一方を反対側に倒して、グループが向き合うように座る事も出来るのだが、平日も夜遅く、仕事帰りのビジネスマンしか居ない中、わざわざシートを倒す乗客も居ない。
私の隣には既に先客が居た。年の頃は50前後か。彼も疲れ果てているのか窓に頭をつけ、口を開け、さらに斜めにだらしなく座ったまま眠っていた。
「この人も疲れているのだろうな」。こんな時間にやっと家路に就けるのだから、昼間は大変な仕事を抱えているのだろうなと思った。しかし、疲れ果てているせいなのかもしれないが、体を私の方に押しつけてくるのは勘弁して欲しいとも思った。
ひとまず腰を落ち着けた所で、さっき買い入れたお菓子を開けた。中には直径3mm程のオレンジ色の粒菓子が入っていた。私はそれをいくつかてのひらに乗せ、一遍に口に放り込んだ。
ボリボリボリッ。
口に入れたお菓子を噛みしめると、ラムネ菓子が私も驚くほど大きな音をたてて砕けた。
その瞬間、隣の席で寝入っていた客が目を覚まし、こちらをじっとにらみつけた。よほど私のたてた音が大きかったのだろう。その目にはわずかに怒りの色が付いているようにも見えた。しかし、その様子も長くは続かず、すぐに表情がだらしなく緩んだしたかと思うと、そのまま目をつむり、夢の中へ旅立ってしまった。
私は細心の注意を図りながら、この小さな粒を噛み砕いていった。ポリポリ、ポリポリ。
ターミナルを静かに走り出した特急電車は、都会の喧噪を抜け出し、漆黒の闇を切り裂いて行った。
PR